京都地方裁判所 昭和25年(行)1号 判決
原告 福田彌一 外五名
被告 京都府立医科大学長
一、主 文
被告が昭和二十四年十一月二十日原告等六名に対してした放学処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその請求の原因として原告福田彌一、同内藤三樹郎は昭和二十二年四月に原告平井正也、同木村昭、同谷沢三郎、同上田好治は昭和二十三年四月にそれぞれ旧大学令による公立学校として存続する京都府立医科大学本科(以下本科と略称する)に入学し本件放学処分を受けるまで三回生或は二回生として在学していた者である。被告は同大学の学長であつて兼ねて同大学附属女子專門部(以下女專部と略称する)部長の地位にあるものである。昭和二十四年十一月八日被告は同女專部教授足立興一に対し何等正当の理由もなく辞職を勧告したため日頃同教授の学識人格を敬愛していた女專部生徒および本科学生はその不当な辞職勧告に公憤を抱き本科二回生および女專部四年生は京都府立医科大学振興の方途として女專部に基礎講座を設けることおよび足立教授解職反対の旨の決議をした。たまたま翌十一月九日午後三時から会議室において足立教授の進退問題等を審議するため女專部教授会が開催されることを聞いて右の学生生徒の代表および有志学生生徒約三十名は右決議の趣旨を申入れるとともに併せて同教授会を傍聽しようとして会議室に入場し教授会の開会を待つていた。同教授会は定刻よりおくれて午後三時半頃開会されたが開会直後女專部志多教授は本教授会は非公開にすべきであると主張して傍聽を拒否しようとし足立、竹沢両教授は本科教授会と同様に公開すべきだと主張し充分の討議がつくされない中に木口教授の提案で出席教授の無記名投票により公開非公開を票決に問うた結果八対二の多数決で非公開とする旨の決議が成立した。すると水野教務課長は傍聽者等に対し退場を要求した。傍聽者中の二、三名の者は「われわれはクラスの代表として決議を持つてきたのですからまずその決議を審議するかしないかを決定して頂きたい。なお非公開の理由を明示して頂きたい」と発言した。水野教務課長等の「出て行け」と言う怒声に原告上田を除くその他の原告等は呆気にとられて退場を躊躇しているとき被告は突如として鈴木議長に指示して流会の宣言をさせたため同教授会は散会したのであるが非公開と決定後散会となる迄僅々五分間の出來事であつた。
同年十一月十四日に至つて女專部教授会は本科教授会に対し前記学生等の行爲について善処方を申入れ本科教授会は翌十五日從前の先例を破つて非公開のまま開催され、前記事件の眞相を調査することもなく又学生等の弁解を聽くこともなく全く一方的に原告等六名および訴外田坂正利、同門脇一郎を放学処分に付するという議決をした。その理由とするところは右八名は同月九日の女專部教授会において学生の本分に悖る行爲即ち教授会の議事の進行を妨害し該教授会を流会させ、もつて学校の秩序を乱したから本科学則第三十四條により放学に処するというのであり翌十六日右八名に対し被告名をもつてこれを傳えるとともに十一月十九日までに任意に退学願を提出した者には放学処分を行わず学則第十二條の適用を考慮して後日復学を許可することもあり得る旨を通告された。
訴外田坂および門脇は被告の恫喝と父兄の哀願泣訴に屈して退学願を提出したが原告等六名は被告の措置の不当を信じて退学願を指定の日迄に提出しなかつたところ同月二十日被告は原告等六名に対し放学処分をした。
しかしながら右処分は違法であつて当然取消されなければならない。即ち(一)原告上田好治は前記女專部教授会の流会後にたまたま会議室に入室したものであつて懲戒に該当する行爲は全然ないのである。その他の原告等五名の前記女專部教授会における行爲は原告等の同大学復興の愛校心と敬愛する足立教授に対する同情心とからクラス会の決議を女專部教授会に陳情するため同教授会の行われる場所に臨んだまでであつて何等学生の本分に悖るものではない。そもそも教授会の学内公開は京都府立医科大学の民主的慣行として昭和二十年十一月三十日以來確立し常に学生の傍聽が許されていたのであつてしかも前記女專部教授会にも決して無断で入場したものでなく傍聽を申入れて入場したものである。
そして公開非公開の意見が対立したときも原告等はもち論公開を希望したが決して脅迫的言辞を弄して公開を強要したことはなくあくまで学生の本分を守つて採決を注視したのであり又採決後退場を要求されたときも原告等はその希望を述べたまでであつて退場の命に從わなかつたということはない。唯被告の專制的独裁により同教授会は強引に流会させられたが傍聽者一同は只々唖然としていたのみである。それをしも学則第三十四條にいわゆる学生の本分に悖る行爲と見るのは全然あたらず懲戒は理由がない。原告等と共に傍聽した他の学生(訴外田坂正利、同門脇一郎を除く)には何等触れることもなく原告等だけを全く狙い打ち的に同大学本科学則第三十四條を適用し、ほしいままに学長としての懲戒権の発動に名を藉りて原告等を放学に処したものであることは明らかであり懲戒に値いする行爲のない者に懲戒権を発動することは断じて許されず右処分は違法である。(二)懲戒権発動の手続についていうならば原告等の放学を議決した教授会が教授会の学内公開という大原則を破り非公開のまま審議をなし、且つ又当然採るべき措置であるにかかわらず原告等の行爲を充分調査することもなく事前に原告等の弁明を聽きもせず全く一方的に放学処分を決議したことは違法である。被告の放学処分はこの違法な決議に基きなされたものであるから違法を免れない。(三)仮に百歩を讓つて原告等の行爲が懲戒に値するとしてもそれは放学処分に相当する程惡質なものということはできない。学則第三十四條によれば学生の本分に悖る行爲ありと認めるときは戒飭、停学、放学の三種の懲戒処分をなし得る旨を定めているが、これは被告に無制限且つ恣意的な裁量権を與えたものでなく教育的見地に立ち客観的な事実に基き具体的公平および正義の理念に照し適正な懲戒をすることを要請するものである。從つて被告は学生の懲戒については自由裁量権を有するものではなくいわゆる法規裁量権をのみ有するに過ぎない。学生の過ちに対し一回の訓戒を加えることもなく父兄からも訓戒させるという教育者として当然採らねばならない措置も採らず又戒飭停学という低位の懲戒を一挙に乘り超え最も重い処分である放学に処するということは余程の大罪でない限り許されない。原告等の行爲は学園の秩序を乱した反逆行爲であるとして学生にとつては死刑の宣告にも等しい放学処分に値するものがあるであらうか、断じて否である。まして原告等と共に傍聽していた訴外田坂正利、同門脇一郎以外の本科学生数名は何等の処分も受けず本科教授会において調査委員会等をも設けて事実の認定に愼重を期していないにおいては尚更のことであつて被告の行爲は明らかに懲戒権の濫用であり裁量の範囲を逸脱したものであつて違法である。
以上の理由により被告のした本件放学処分は違法であり原告等は被告の違法な処分により学生として教育を受ける正当な権限を剥奪されたものであるから本訴をもつてその取消を求めると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として原告主張の事実中原告等がその主張の如く本科学生であつたこと、被告が同大学本科学長ならびに女專部部長であること、女專部教授足立興一に同学長が辞職を勧告したこと、女專部教学会が昭和二十四年十一月九日同大学会議室で開催されたこと、右教授会が開会される以前に原告等が入場していたこと、同教授会が八対二の多数決で非公開の決議をしたこと、本科教授会が学内公開であること、前記女專部教授会が流会となつたこと、水野教務課長が原告等に対し退場を要求したこと、同年十一月十五日本科教授会が原告等六名および訴外田坂正利、同門脇一郎を本科学則第三十四條に則り放学に処する旨決議したこと、被告が右八名に対し同月十九日までに退学願を提出したときは放学に処せず本科学則第十二條の適用を考慮の上復学を許すことを諭し訴外田坂、門脇の両名が退学願を提出したこと、同月二十日原告等六名に対し前記理由の下に放学処分をしたことはいずれも認めるがその他は全部否認する。
被告のした本件放学処分には何等違法の点はない。即ち
(一) 昭和二十四年十一月九日午後三時から会議室において明年度インターンに関する件その他の重要事項を審議することになつていた女專部教授会の開会に先立ち原告等八名は女專部生徒、本科学生、インターン生等と共に二、三十名の一団をなして入室し、開会前教授会員より同教授会が本來非公開で議事を審議することを慣例としていることを告げられ退去を求められたに拘らず退去せず同日午後三時三十分頃開会せられるや同教授会員たる教授足立興一および竹沢徳敬と相呼應して同教授会の公開を要求し、遂に異例にも列席中の同教授会員木口直二の動議により同教授会をして約一時間にわたりこれを公開すべきや否を討論採決するのやむなきに至らしめたばかりでなく右討論の末原告等の目前において八票対二票の多数決を以て非公開と票決されたことを諒知しながら非常識にも進んで退去しようとはせず、次いで議長たる教授鈴木成美およびその命を受けた列席中の教務課長水野重一より退去を要求せられてもあえてこれに應じようとはせず却つて執拗にも意思相通じてその後数十分にわたりほしいままに交々大声で「非公開の理由を明示してもらいたい」「われわれの意思を説明させよ」「断じて退場しない」などと発言しあるいはほしいままに議場内を議長席まで往き來して議場を騷然たらしめ、その上「われわれはクラスの代表として決議を持つて來たのであるからその決議を審議するかしないかを決定していただきたい」と要求するなど多数共同して反抗の気勢を挙げ議事の妨害を継続するとともに不法にも議案の提案に干渉してやまなかつたため同教授会は議事を進めることができなくなつた。そこで女專部長として出席していた被告は遂にみずからおよび水野教務課長に命じて右の如く相通じて抗弁を事とし退去を肯じない者として原告等六名および訴外門脇一郎、同田坂正利を確認するため氏名点呼の上その氏名を水野課長がその作成に当つていた議事摘録の記録に留めたがその頃列席中の同教授会員志多半三郎の動議により事態拾收のため鈴木議長によつて議事を中止し同教授会の流会を宣せられ、ここに同教授会は散会となつたのである。
右女專部教授会流会の経緯を考えると原告等は右教授会の傍聽ならびに学生の決議提出に藉口して右会議の席上相共に気勢を挙げて多数の威力を示しもつて同教授会を制圧し自由且つ公正な議事を妨害し原告等の主張する諸決議事項の内容を同教授会の議案として審議させようとしたところ予期に反し同教授会は非公開と決議しその退去を求めたため右企図の挫折するのを恐れてこれを強行しようとして多数をたのんで気勢を挙げ議場を騷然とさせ議事進行を妨害するの挙に出たものである。元來女專部は昭和十九年二月二十二日旧專門学校令により本科に附属して設立され学校教育法施行後も同法附則により引続き存置されている医学專門学校であつて同本科とは別個の学校であるが本科の学長は当然女專部々長を兼任し施設の利用ならびに学内秩序の維持等に関しては両者を一体として観察し全体として取扱わねばならぬものである。しこうして女專部教授会は本科教授会の如く教育法令に認められたものではないが生徒の訓育ならびに授業に関する部長の提案事項を審議する諮問機関として昭和十九年八月以來申合せにより設置されたもので女專部の教育行政ならびに学校運営に関する事項は凡て同部長より右教授会に提案せられその審議を経て決定執行され來つた。從つて同教授会は同校における教育運営上必須の機関というべく本科教授会が單に重要事項を審議するだけであるのに比較すると却つてその職責機能が廣汎且つ重大なものである。かような女專部教授会の意義と使命とは本大学学生生徒の常識として熟知するところで本科学生である原告等が右女專部教授会の議事を妨害したことはその故に事まことに重大であつて当然非難されなければならぬ不行跡であり女專部教授会が原告等の在学していない学校の教授会ではあるけれども、府立医科大学全般の秩序の維持の面から見れば区別がなく教授会を妨害する事は学校教育行政の基幹を動搖させその中樞を破壞する暴戻な行爲であつて本科学則第三十四條に放学事由として掲げている学生にしてその本分に悖る行爲ありと認むる者に該当する事は一点の疑を容れないところである。從つて原告等の前示行爲は学校教育法第十一條、同法施行規則第十三條、大学規定第十條、前示学則第三十四條に則り放学に処してもやむを得ない程度の非難に値するものである。
(二) 次に原告は被告の懲戒権発動としての本件放学処分はその手続に違法の点があると主張し、まず原告等の放学処分を議決した本科教授会が非公開審議であつたことをあげているが本科教授会は他の大学の通例を破り昭和二十年十一月三十日から学生の要望に應じて学内を限り公開としたものである。これは議事内容の如何に拘らず絶対に公開を貫ぬくとの趣旨のものではなく公開非公開はその都度教授会が自主的に決定する権限を留保しているものであつて、その決定が事理に照して正当であるときは非公開として議事を進行しても何等手続上に違法性を帶びるものではない。原告等を放学処分にする旨の決議をした本科教授会は審議の内容が原告等の名譽に関する事項であるから出席教授の全員一致の意見で非公開と決定したものであつて何等違法のものではない。また原告等は原告等の行爲を認定するに当つて充分な調査がなかつたと主張するが十一月十四日女專部教授会は被告に宛てて上申書の形式で原告等が同月九日の女專部教授会の議事進行を妨害した事実を明らかにして被告のこれに対する善処方を要望し同上申書には議事を妨害した原告等の氏名を摘示はしていなかつたが議事妨害の情況、妨害が將來に及ぼす影響等については同教授会出席者全員が直接目撃した事実および意見を開陳していたのであるから原告等の行爲を調査審議し、これを確認するに役立つ有力な資料となつたものであり一方被告は右女專部教授会に部長として列席し自ら直接に何人が如何に議事を妨害したかを認識し、また右女專部教授会の議事録を作成するため出席した水野教務課長は原告等六名ならびに訴外田坂、門脇こそ右議事妨害の主導者であることを確認して記録に留めてあつた上に同教務課長は女專部教授会流会後自ら原告福田彌一より議事妨害行爲について事情を聽取採録の上被告に調査資料として提出し、被告はこれらの各資料および前記の通り自ら認識したところを基礎として原告等の妨害行爲を確認したものであるから被告の事実調査としては間然する所がない。尤も原告等の懲戒処分として放学を決議した本科教授会が原告等につき直接その弁明を聽取しなかつたけれども、右教授会は原告等を放学する旨の議案の提出者である被告および被告を補佐した水野教務課長から前述のとおりそれぞれ同人等が確認した事実の説明を聽取しこれ等の資料により事実の認定は充分であるとしてこれに基いてその決議をしたものであるから、右本科教授会の事実調査が不十分であるというのは当らない。更に右教授会の審議の内容を見ると同教授会は被告の前記提案理由の説明を聽取した後議長弓削教授の提案により原告等を前記同教授会の認定した事実に基いて懲戒に処するかどうかを諮つたところ全員一致の意見で之を可決し次いで被告から原告等を放学に処することおよび処分前に任意退学の機会を與える事を提案して票決により之を決しようとしたところ弓削教授と被告との間に無記名投票とするか記名投票とするかについて意見が分れたので討議した上記名投票こそ責任の所在を明確にする所以であるとしてそれによることを多数決で採決し、無記名投票を主張した弓削教授は棄権あるいは白票投票の意思を表示するに至つたので他の教授よりその不可であることを説き全員投票した結果二十二票対二票で被告の提案通り原告等を放学に処する旨の議決が成立するに至つたもので、右教授会の審議は自由公正且つ愼重に行われたことが明白であつて原告主張の様に被告の独裁の下に不公正に行われたものではない。
(三) 更に原告等は被告の行爲は懲戒権の濫用であつて違法であると主張するけれども、前記の様に原告等の行爲が学生としての本分に悖るものであると本科教授会が認定したのは相当であり、且つ学生の行爲がその本分に悖ると認め懲戒するに当つては本科学則に規定する戒飭、停学、放学のいずれに処するのを相当とするかについては全く被告の自由裁量に任されているものであつて原告主張の様にいわゆる法規裁量に属するものではない。このことは学校教育法施行規則第十三條の法意上からしても明らかなところであつて被告は原告等を懲戒するに当り践むべき正当の手続を経てその與えられた自由裁量権の範囲内で原告等を放学に処したものであるから何等違法の点はない。原告等の本訴請求は失当であると述べた。(立証省略)
三、理 由
一、本訴の適法性
京都府立医科大学が旧大学令により設立され、学校教育法第九十八條同法施行規則第九十一條に基いて從前の規定による学校として存続する公立大学であることは当事者間に爭いがない。公立大学に入学し学生となる法律関係はいわゆる公法上の営造物利用関係である。学校の設置者はその設置する学校を管理し利用者たる学生に対し懲戒を行うことが認められている。しこうして大学の学長は校務を掌り所属職員を統督する理事機関であり学長は機関として大学の管理権を有しこの管理権の範囲において大学の意思を決定しこれを外部に表示する権限を有する。從つてその限りにおいて公立大学の学長は一種の行政廳であり、学長の学生に対する懲戒は学長の管理権に基く処分である。公立大学の学長が学生に対し懲戒処分を行つた場合にはそれは行政処分であるから懲戒された学生は懲戒処分の違法であることを主張し、学長を被告としてその取消変更を裁判所に求めることは行政事件訴訟特例法の定めるところに從い許容されるものといわねばならない。懲戒が営造物利用関係上の利益の制限剥奪に止まり利用関係以外において積極的な害惡を及ぼすことのないということや、大学が学術の中心であつて眞理の殿堂、理性の府として特殊性をもち且つ高等学校以下の学校と異なり、教育行政上沿革的にまた理論上からもいわゆる大学の自治を認められていることは右の結論の妨げになるものではない。
懲戒処分については訴願の途を定めた法令はない。それ故に原告等が懲戒処分のあつた日から六ケ月以内に被告を相手方として直ちに当裁判所にその取消を求めるため提起した本訴は適法性において欠けるところはない。
二、事実の認定
当事者間に爭いのない諸事実を経とし、弁論の全趣旨を緒としつつ原被告の挙示する全証拠を彼此綜合して証拠判断を加えれば次のような事実を認定することができる。この認定に反する証拠はとらない。
(1) 本科と女專部との関係および女專部教授会の性格
京都府立医科大学附属女子專門部は昭和十九年二月旧專門学校令により京都府立医科大学に附属して設立され学校教育法同法施行規則により引続いて存続する医学專門学校であつて大学本科とは別個の学校である。しかしながら本科に附属せしめられている関係上建物その他の施設を共通にするものがあり、本科学長は当然女專部部長を兼ね又本科教授にして女專部教授を兼ね女專部教授にして本科の助教授講師を兼ねる等の密接な関係が両者の間に存している。
女專部が本科とは独立別個の專門学校であるところから昭和十九年八月十六日開催の女專部教授会会議における申合せにより、女子專門部教授会と呼称し女專部教授をもつて組織する会議体が置かれた。この女專部教授会は生徒の訓育ならびに教授に関する部長の提案事項を審議する諮問機関であつて議案の決定権はこれを持たず決定権は部長に属するものである。爾來女專部の教育行政学校の運営に関する事項は部長より右教授会に提案せられ教授会の審議を経て決定執行されて今日に及んでいる。
(2) 女專部教授足立興一の進退問題
解剖学の講座を担当としていた女專部教授足立興一は昭和二十三年三月右講座の廃止とともに生徒係、図書係の閑職にあつたがこれも漸次奪われた上昭和二十四年十一月八日正午頃本科学長兼女專部長勝義孝から突然辞職勧告を受け翌九日正午過頃拒絶の意思を表示した。そこで勝部長は九日の後記女專部教授会の流会後足立教授を呼び休職辞令を交付しようとしたがその受領を拒まれたので右休職辞令は翌十日郵送された。これより先足立教授と思想的に同調する一部の学生生徒は足立教授に対する辞職勧告の事実を知るやこれを不当な理由のないものであるとして憤慨し、且つ九日午後三時から女專部教授会の開催されることを聞知し、その結果本科二回生と女專部四年生はクラス会を開いて足立教授解職反対と女專部に基礎医学の設置を要望する決議を行い原告平井等本科二回生十数名は九日正午過ぎ勝部長に右決議文を提出するため面会したが、その際各自氏名を書かされた上何等満足すべき回答を與えられなかつたとし腹立たしい気持を抱いて引下り同日の女專部教授会に決議の趣旨を申入れることになつた。
(3) 十一月九日女專部教授会の顛末
(イ) 議題 十一月八日勝部長の名において九日午後三時から会議室で明年度インターンに関する件、その他を議題として女專部教授会を開催するという案内が女專部教授に発せられた。インターンに関する件というのはインターン生の病院配属に関する問題でありその他というのは理事者側としては別に纏つたものはなくただ教授の集りであるから何かの相談もあらうというところから出されたもので理事者側にとつて重要性のない議案であつた。足立教授の進退問題はすでに八日に決定済であつたから人事問題は右案内を発する際にはこれを議題とするということは勝部長の念頭にはなかつた。しかし九日正午頃になつて足立教授の問題を教授会で序に報告しておこうという考えを持つた。
(ロ) 開会までの模様 足立教授の進退問題が審議されるとの噂に本科三回生の原告福田、同内藤、二回生の原告平井、同木村、訴外保田、同門脇、同坂田、一回生の訴外服部、同井本、同松山、同北村、同田宮等および女專部生徒十数名、インターン生五、六名合計約三十名はこれを傍聽して審議の内容を知り併せて足立教授に対する辞職勧告を不当として反対する旨等のクラス会の決議文を提出しようと考え前後して会議室に入り開会を待つていた。入場の目的は教授会の審議の傍聽と右決議の趣旨の陳情により教授会の公正な審議を妨害する意図に出たものではなく、いわんや教授会を流会させるなどということは思いもよらぬことであつた。ただ右入場については特にあらかじめ何人からの許諾を得たものでもなかつた。開会に先立ち志多教授および木口教授と学生との間に「非公開だから帰れ」「公開の筈だから帰らぬ傍聽させよ」等の應酬があつた。
(ハ) 開会から流会までの経緯定刻におくれて当日の議長鈴木成美教授が出席し外九名の教授会員着席午後三時半頃開会が宣言されたこの時学生生徒等は会議室の入口附近より移動し本科学生は教授等の着席しているテーブルの南側に女專部生徒は東側衝立附近に位置を占めた。開会直後志多教授から本教授会は從前より非公開であるがいかにするかとの緊急動議が出され、足立教授より自分の一身上のことが出なければよいがもし出るのであつたら公開としてもらいたいとの発言があり、竹沢教授は公開論を唱え勝部長より公開されている本科教授会ですら人事に関することは非公開であり女專部教授会は從前より非公開であるから当然公開されない旨の発言があつてその間前記学生等より公開してもらいたい旨の要求があり、意見が分れたまま約二十分近く経過した。鈴木議長は木口教授の提案で公開非公開についての賛否を無記名投票により決する旨を列席各教授に諮り採決の結果八対二で非公開と決定された。議長は非公開の旨を宣し傍聽学生生徒等の退場を求めたが傍聽学生等は女專部教授会も当然公開とのみ信じていたのに突然公開非公開を問題とされ非公開と決定されたため右教授会の意向は議案が足立教授の進退に関することであるから、学生等の傍聽を拒否するものと思いこれに應ぜず非公開の理由の説明を求める等漸く騷がしくならうとする気配が見えた。水野教務課長は声を大にして学生等の退去を要求し原告平井正也は「自分等は絶対に出ないと言うのではない。われわれはクラス会の代表として來たので責任がある。とにかく決議文だけでも見てもらいたい」と述べて議長にクラス会の決議文を手渡そうとしたり原告木村、同内藤、訴外門脇等は「非公開は不当である。その理由を聽かしてもらいたい」などと発言した。勝部長は発言者の名前を呼上げるとて原告木村、同平井、同内藤および訴外門脇の四名を呼上げ水野教務課長も学生の氏名を書留めた。学生等は依然退場せずなおも発言を続け原告木村が「議長、議長」と連呼するや志多教授は学生に対し「默れ」と一喝するなど双方共に漸く対立激昂の感が濃厚になつた。志多教授はかような状況では非公開の教授会を続けることができない。審議のできない教授会に何時までも席を列ねることは無駄だ。本日の教授会は流会であると叫んで会議室より退出し続いて勝部長等も退出した。これを見て鈴木議長は教授会の流会を宣し同教授会は散会した。時に午後四時十分頃のことで票決で非公開と決つてから約二十分を経過していた。入場していた学生生徒等は各教授の退出に引続き退去した。
(ニ) 原告谷沢、原告上田の動靜について 原告谷沢は右流会の直前即ち志多教授の退場する四、五分前頃に会議室に入場し他の学生等の位置するところに行つていたが流会の宣言されるまで一言も発せず非公開の票決のあつたことも知らず水野教務課長の「出ろ、出ろ」という声は聽いたが事情をよく呑み込めぬままにいたものであり流会後原告内藤等と共に最後に出ようとした木口教授および水野教務課長と非公開の理非流会の理由について話したにすぎない。又原告上田は当日午後四時少し前に教授会のあることを初めて知り傍聽しようとして会議室に入場したがその時はすでに教授会は流会した直後であつて会議の席には教授の姿はなかつた。原告上田は後に残つていた水野教務課長を捉えて流会の理由をたずねて議論した。
(4) 学生生徒に対する懲戒権の発動
本科学長兼女專部々長勝義孝は前記女專部教授会の審議が学生生徒等によつて妨害された当初から懲戒権の発動を考慮しその直後水野教務課長に諮つて懲戒の腹を決め、まず女專部生徒の一部に対し各教授の意見を持廻りによつて徴した上停学処分を行い齋藤附属病院長をしてインターン生に対する処分を行わしめた。一方本科学生に関しては十一月十四日女專部教授会の名において被告宛に前記女專部教授会が学生生徒等の公開要求、退場命令不應によつて流会のやむなきに至つたことは誠に学園の不祥事である。特に本科学生によつて公開強要審議妨害のなされたことは甚だ遺憾である。かくの如き行爲を排除しなければ秩序の維持教育の運営は不可能となる。因つて学長の善処を要望するとの上申書が提出された。そこで被告は翌十五日午後三時本科教授会を開催して本科学生たる原告等六名および訴外門脇、同坂田に対する懲戒権の発動を審議することにした。
十五日午前中水野教務課長は原告福田を呼び言い分を聽取した。原告福田は一二回生の決議によつて足立教授に関する決議を申入れるために自分達は女專部教授会にこれを持つていつた。本科の教授会が公開だから女專部教授会も当然公開だと思つていた。投票によつて非公開の決定がなされたが自分達にはその理由が納得できなかつたから平井、木村、内藤はそれについての議長からの説明を求めるために発言したに過ぎない。退去を求められたのにこれに反抗しようとしたのではない自分は意識的に発言を控え発言しなかつた。自分一人の考えではあるがまあ女專部の教授会だからと少し軽く見ていた。本科の教授会ならあのようなこともなかつたと思う。しかしともかく自分達は理由の判るまで待つているつもりでいたのだ」という意見を述べた。
(5) 十五日の本科教授会の模様
弓削教授議長となつて午後三時十分教授会が開会され学長提出の他の議案を決定した後学長は前記女專部教授会の十四日付上申書を朗読し妨害学生の処罰につき審議されたいと述べ提案理由として原告等は当日の女專部教授会に押掛け教授会は非公開である旨の決議がされたのに会議の公開を強要して審議の進行を妨害し遂に流会を余儀なくさせたが斯様な行爲は学生の本分に悖り学内の秩序を乱すものであるからこれを排除しなければ学園の秩序を維持し大学の健全な運営を図り難い旨を説明した上非公開による審議を求めた。出席各教授の一致の意見をもつて学生処分の審議は非公開で行うと決議され直ちに祕密会に入つた。その席上女專部志多教授斎藤附属病院長等より勝学長の提案理由と同様の発言がなされ、勝学長の命により水野教務課長は女專部教授会の開会から流会に至るまでの経過につき報告をなし妨害学生として原告等六名および訴外門脇、同田坂の氏名を読み上げ女專部生徒十名位とインターン生数名を挙げ十五日午前中に行つた原告福田との対談要旨を傳え、その他の学生からは直接意見を徴していない旨を述べた。次で漆葉幹事長、望月教授、川井教授の各質疑に対し水野教務課長は「原告福田の話には間違いはない」「女專部教授会は公開にすると決めたことはないから從前通り非公開が続いていると思う」「今まで女專部教授会に傍聽者のあつたことは聞いていない」「要するに本科学生は自分の所属しない学校の教授会に無断入場し非公開の教授会であるのに退去を求められても退去せず抗弁して反抗の気勢を示し教授会の議事進行を妨害して流会せしめたのである」「授業を放棄したかどうかは確かでない」と應答した。学長は学生のそのような行爲はその本分に悖り学内の秩序を乱したものだと考えると意見を述べた。そこで弓削議長は処分の可否を問うたところ全員処分に賛成した。次で学長は学則第三十四條によれば懲戒には戒飭、停学、放学の三種があるが、この場合は八名全部放学に処することとしてはどうか、しかし父兄の立場と教育的立場を考慮して数日間反省の期間を與え学生が自主的に自から非を認めて退学を願い出たときには任意退学を認め放学を行わず学則第十二條によつて復学の余地を残すように措置してはどうかとの意見を表し山田、望月、後藤の三教授はそれぞれ賛成論を唱え、漆葉幹事長はそのような処分であれば処分の執行を完了するまでは本人の氏名を公表しないのがよいと発言し望月教授はこれに賛成した。弓削議長は投票によつて賛否を問うべきだと主張し投票の方法について学長は責任を明らかにする意味で記名投票がよいと述べ山田、田中両教授賛成、弓削議長は記名投票は自由意思を束縛するから反対である。最近色々な風評があり自分は首のあたりにうすら寒いものを感じている時でもあるから投票について誤解を受けたくないと意見を述べたが結局多数決により記名投票と決定した。投票の結果放学賛成二十二、反対二の多数決で原告等六名外二名の放学が決定された。
右祕密会における審議時間は約三十分であつた。
(6) 教授会の公開非公開について
昭和二十年十一月二十八日本科全学生の名において教授会の祕密性一擲および過去の教授会の速記録の即時公開を要求するという決議がなされこれに対し時の越智学長は同月三十日教授会は爾後これを公開すると回答し爾來本科教授会は学内公開の下に開催され來つた。只人事問題については非公開で審議されるのを常とした。学生は学生の関心を引く事項の審議される教授会には傍聽に臨み多数の傍聽学生がある場合にはそれは教授会の審議に大きな影響力を及ぼすことがあると学生は見ていた。
女專部の教授会も右回答によつて学内公開になつたと見ることはできない。教授会公開は本科学生の決議に対する学長の回答であるからである。從來から女專部教授会は非公開の慣行があり事実学生生徒等の傍聽があつた例はない。しかしながら原告等学生は女專部の教授会も本科のそれと同様に原則として学内公開であると信じていたものである。
(7) 原告等六名に対する放学処分
本科学則第三十四條に基き前記十五日の教授会において原告等六名と外二名の放学の議決が成立した。ただ議決の成立に先立ち学則第十二條の適用即ち本科学生であつた者で退学もしくは除名(懲戒処分を受けた者を除く)により学籍を離脱した者が再入学を願い出たときは欠員のある場合に限り詮衡の上相当学年に入学を許可することがあるという條項による復学の余地を残すために放学処分を行わず数日の猶予期間をおいて退学願を受理する措置をとることの諒解事項があつたので十五日から十九日迄の間大学当局は父兄および本人を説得してその途を採ることを勧め、訴外門脇、田坂の両名は退学願を提出したのでこれを受理し放学処分をしなかつたが、原告等六名はこれに耳を藉さず父兄等の哀訴歎願をも斥けて退学願を提出しなかつた。よつて被告学長は同月二十日原告等をそれぞれ放学処分に付した。
三、原告主張の放学処分の違法事由に対する判断
以上の事実を基礎として以下逐次本件放学処分に原告主張のような違法があるかどうかを判断する。
(1) 懲戒事由の有無
原告等は十一月九日の女專部教授会の行われた会議室に学校当局の許諾をあらかじめ受け入場したものではない。それが一應無断入場であることは否定できない。しかしながら原告等はいずれも女專部教授会は本科教授会と同様に学内公開が認められると信じていたものである。しこうして本科と女專部は別個独立の学校ではあるが後者は前者の附属学校で施設や教員を共通にするところが多く学園としては一体性が濃厚で本科がその中心的存在であるところから本科教授会の学内公開が認められた以上女專部教授会も公開されているものと信じたことは敢えて異とするに足らずかく信ずるにつき過失はないものといわなければならぬ。從つて右無断入場をもつてあの状態において不当な行爲と見ることは誤りでありこれを責めることはできない。
原告福田、内藤、平井、木村の四名は女專部教授会に開会前より入場し開会後議長または教授会に対して内藤、平井、木村等が公開要求の発言をなし、眼前において教授会員の投票の結果非公開と決したにも拘らずなお発言し退去を求められても右原告四名は退去せず遂に教授会をして流会に至らしめたのである。教授会の公開審議が認められ学生等の傍聽が許されたとしてもそれは会場において傍聽者の発言を認容するものでは絶対にない。いわんや発言によつて教授会の審議方法審議内容を左右しようとすることの非なることはいうをまたない。加うるにその理非はともかく又理由がどうであらうと多数決により教授会の非公開とすることが決せられた以上はこれを尊重し自発的に退場すべきは当然の事理であるのにその後においても発言を止めず退去を肯ぜず審議を妨害し流会に至らしめた行爲は教授会に対する明白な冐涜であつて学生の本分を逸脱したものというべく前記原告四名の行爲は学生の本分に悖り懲戒に値する行爲であることは明白であり、本人の反省を促すためにも又学校の秩序を維持するためにも懲戒権を発動する必要の存することは多言を要しない。從つて前記原告四名に関しては、懲戒に値する行爲がないという原告の主張は失当である。
原告谷沢は女專部教授会が流会になる四、五分前に会議室に入り一言も発せずその場の空気が呑みこめない中に流会の宣言を聞いたにすぎない。教授会の公開を要求したと見るべき行爲は全然なく非公開の決議も全然知らずにいたものであるから原告谷沢には女專部教授会を公開要求退去不應により議事を妨害し遂に流会に至らしめたとして責むべき行爲は存しない。原告上田に至つては流会後に入場した者であり何等咎むべき行爲は存しない。右原告谷沢、上田の両名には懲戒事由たる学生の本分に悖る行爲がないのである。しかるに被告は右両名にも他の原告等と同様学生の本分に悖る行爲ありと認めて懲戒権を発動した。右両名に対する懲戒は調査の粗漏不備に基く事実の誤認の上に下されたものといわなければならない。懲戒事由のないところに懲戒権を行使することの違法は明白である。原告谷沢、同上田に対する本件放学処分はその余の爭点に対する判断をなすまでもなく違法として取消を免れない。
(2) 懲戒手続の違法の有無
原告等は原告等の懲戒処分を議する本科教授会が教授会公開という原則に反して非公開の祕密会であつたこと、妨害事件の眞相を詳細に調査することもせず、又事前に原告等の弁解を聽取せず全く一方的に放学処分を決定したことをもつて違法であると主張するが右主張は全然あたらない。教授会の公開非公開は本來当該教授会の自主的に決すべき事項であり、原則として公開主義が昭和二十年十一月の学長の回答によつて行われて來たとしても審議事項に照して非公開を相当とするときは当該教授会の決議をもつて非公開とすることを妨げるものではない。本件放学処分を議する教授会は審議事項に鑑み全員一致で祕密会に入ることを決定して非公開審議を採つたものであるからこれを違法ということはできない。又懲戒処分を議するについて如何なる方法如何なる程度の事実調査をなすべきかは一に教授会の決するところによるべく右教授会は前記二、の(5)に記載した如き調査をもつて十分であるとしたものであるから原告等の弁解を聽取せず一方的に事を決したことそれ自体を捉え違法とすることはできない。
(3) 懲戒裁量権行使の誤謬
(イ) 懲戒裁量権の行使は一定限度において自由であるがその限度を超えた裁量は違法となる。本件懲戒の根拠である学則第三十四條には「学生ニシテ其ノ本分ニ悖ル行爲アリト認ムル者ハ教授会ノ議ヲ経テ学長コレヲ懲戒ス。懲戒ハ戒飭、停学、放学ノ三種トス」と規定されている。この規定をもつて学生の本分に悖る行爲があるときは右三種のいずれの懲戒を選択するかを学校当局の自由に委ねたもの換言すれば右懲戒の種別の選択についていわゆる自由裁量権を與えたものと解することが相当であろうか、否である。もとより学生にその本分に悖る行爲があるときにこれを懲戒に処するか否か即ち懲戒権を発動するかどうかについてはその自由裁量に委ねられているものと解して妨げはないがいやしくも懲戒権を発動するに当つては客観的に当該行爲が学生の本分に悖るか否かを判定するに止まらず悖るとすれば右三種の内の何れの懲戒に処するのが教育的見地社会の通念に從つて相当であるかの具体的な事情を嚴密に考察し当該行爲に相應した処分をしなければならないのである。何となれば右学則は一方において学生の本分に悖る行爲という廣汎な概念を掲げ他方にこれに対する懲戒の種別として最も軽い戒飭から進んで相当重い停学(短期の停学から長期の停学および無期停学)更には学生にとつて致命的な放学に至るまでの処分ができることを定めているがそれは懲戒の基準となる学生の本分に悖る行爲にも具体的には軽重種々のものがあるのに準じたものであるというべく現実に生起する学生の本分に悖る行爲は最低位の処分が相当であるものから最高の罰を科せなければならないものに至るまで千差万別であつて一定の範囲に属する学生の本分に悖る行爲は戒飭で足り一定の範囲に属する同様の行爲は停学を相当とし更に一定の範囲に属する同様の行爲にしてはじめて放学に値するものといわなければならず、從つてこの一定の範囲においては学長は裁量権を有しこの範囲においては当不当適不適の問題を生ずるに過ぎないが一定の範囲を超えて値しない重い懲戒の種別を選択するときはもはやそれは当不当、適不適の問題に止まらず裁量権の行使を誤つた違法な懲戒といわなければならないのである。殊に放学処分は法規裁量に属し放学の選択はこれを誤れば違法たることは次の理由からも明白であらう。教育基本法は日本国憲法の意を受けてまず前文に「個人の尊嚴を重んじ眞理と平和を希求する人間の育成を期す」ることを掲げ第一條に教育は人格の完成をめざし平和的な国家および社会の形成者として眞理と正義を愛し個人の價値をたつとび、勤労と責任を重んじ自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならないと第二條に教育の目的はあらゆる機会にあらゆる場所において実現されなければならない云云と第三條にすべて国民はひとしくその能力に應ずる教育を受ける機会を與えられなければならないと第十條に教育は不当な支配に服することなく国民全体に対し直接に責任を負つて行わるべきものであると規定する。教育者たるものは教育基本法に示された教育の目的方針に從いその原理理念を把握し行動すべきであらゆる機会のあらゆる場所においてこれを実践しなければならないことを法的に強制されているのである。懲戒を行う場合においても学生の人格の完成をめざすことを忘れてはならずその能力に應ずる教育を受ける機会を與えなければならないのである。しかるが故に学校教育法第十一條は校長および教員は教育上必要があると認めるときは監督廳の定めるところにより学生生徒および兒童に懲戒を加えることができる。但し体罰を加えることはできないと規定し同法施行規則第十三條は懲戒は学校の種類に應じ学校がこれを行う。但し退学は左の各号の一に該当する場合に限る。一、性行不良で改善の見込がないと認められた者。二、学力劣等で成業の見込がないと認められる者。三、正当の理由がなくて出席常でない者。四、学校の秩序を乱しその他学生又は生徒としての本分に反した者と明言したのである。
右但書が懲戒としての退学事由を限定する嚴格な規定を置きその第一号ないし第三号の事由がいずれも学生生徒として遇するに値しない最惡の場合に属するものを掲げていることを看過する訳にはいかない。そしてそれがはるかに憲法第二十六條に由來し愼重な考慮のもとに出たものであることを思わざるを得ないのである。但書第四号は学生の本分に反した者という抽象的な廣汎な事由を掲げているがそれも学生として遇するに値しない場合のことを指称することも規定の趣旨から窺い知るに難くはない。京都府立医科大学本科は学校教育法により從前の規定による学校として存続する大学ではあるが営造物管理権の発現としての懲戒権の行使の法律的性質は学校教育法に基く学校のそれと異なる理由も必要も存しないのであつて從前の規定による学校であるからといつて学校教育法、同施行規則の諸規定や教育基本法の目的理念に反して懲戒権の行使を許容することはできない。これを要するに被告は本科学則第三十四條に基き一定の範囲において懲戒の種類を選択する裁量権を有するがその範囲を超えては裁量権を有するものではなくその裁量を誤るときはその懲戒処分、特に放学処分は違法たるを免れない、被告はいやしくも学生の本分に悖るものと認められるときはこれを懲戒するに退学たる放学をもつてすべきや否は全く懲戒権者たる被告の自由裁量に属すると主張するが当裁判所は被告の右見解には從い得ない。
(ロ) 原告福田、内藤、平井、木村の四名に対する本件放学処分は裁量権を誤つた違法がある。
ひるがえつて原告福田、内藤、平井、木村の四名の前に認定した学生の本分に悖る行爲即ち女專部教授会において公開要求の発言をなし眼前で多数決を以て非公開とする旨の決議があり退去を求められたに拘らず退去せず教授会の議事を妨害して流会に至らしめた行爲が放学に値するか否かを判断するになるほど右の如き行爲は決して軽々しく取扱わるべきものではなく相当嚴罰に値する行爲であるしかしながら前記認定事実によれば一、会議室に入場し発言したのは教授会を傍聽しかつはクラス会の決議の趣旨を陳情せんがためであつて当初からこれを混乱させ流会させる意図があつてのことではなく流会は思はない結果であつたこと。二、女專部教授会も本科教授会と同様公開であると信じており、信じるにつき相当の理由があつたこと。三、そのやうな事情があるので非公開と決定されたことにつき不満を抱き不当と感じたためその理由を知らうとして退去に應じなかつたのであるが、その間においてかなり喧騷にわたつたとはいえ脅迫的言辞を奔したり暴行に及んだものではないこと。四、当日の議題が学校ならびに原告等にとつてもさほど重大なことではなかつたのであるからそのことを周知説得すれば本件の如き事態には立至らなかつたと認められる事情が存在しこの点被告側にも多少の落度がないとはいえないことが看取できるのである。從つて原告等を特に非難すべき点は詮じつめれば教授会が非公開との決議を行つたに拘らず退場を肯せず教授会の意思を軽視しこれを冐涜したことに帰するのである。しかしながら幸いにも原告等が冐涜した教授会は本学自治の中樞機関である本科教授会のそれではなく附属女專部の申合せによる諮問機関である女專部のそれであつた。原告等は女專部の教授会だからというので少し軽く見ていた節があるのである。かように見て來れば、原告福田等四名の行爲は相当嚴重な懲戒に値するということができるが放学に値する程惡質なものと認めるを得ないのであつて前述の理に照し右原告等四名に学生として教育を受ける機会を失わしめるが如き放学処分を科することは懲戒裁量権の範囲を逸脱した違法な処分と断定するにはばからない。原告等の放学処分は本科教授会における二十二対二票の多数決で議決された。しかしながらその審議は必ずしも愼重になされたと見ることはできず事実の判断事案の討議には欠けるものがあつたことを否定できないのみならず被告は右学生等の妨害事件の当事者の地位にあり、その被告から事件後間もない時期において原告等の放学処分の提案がなされ審議が行われたものであつて、右教授会は議案を客観的に冷靜に判断する余裕を持ち得ない情況にあつたものと認めるのは誤りであろうか?志を立てて入学した原告等四名を学半ばにして勉学の道を絶つことをもつて能事終れりとすることが果して教育者としての眞の態度ということができるであらうか?それが教育者としての負託に應ふる正しい措置といい得るであろうか?なお被告は原告等が自から退学届を提出するにおいては放学処分を行わず復学の余地を残したことをもつて教育的見地からする考慮を施したと主張するがそれは懲戒による放学を免れんとすれば退学(それは必ずしも將來の復学を担保しない)を選ばざるを得ず、退学を選ばざれば放学を免れない境地に学生を追込むに外ならないのであるから任意退学とはいうもののそれは実質的には懲戒としての退学に外ならず、さような措置を講じたからといつて本件懲戒処分の違法性を軽減するものではないといわねばならない。しかもそれは放学に至るまでの過程の一つにすぎず被告のした放学処分の内容をなすものでは全然ないのである。
果してしからば原告等六名に対してした被告の放学処分は違法であるから、その取消を求める原告等の本訴請求を正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 平峯隆 加藤孝之 岸本五兵衞)